スキャットって結局なんなの?
最近ちょっと思ってることがあって。
スキャット、やってみたいなって。
ジャズ聴いてると、あるじゃないですか。
歌詞もないのに、めちゃくちゃカッコいいやつ。
なんかもう、楽器みたいに歌ってる感じの。
で、「これちょっとやってみるか」ってなるんだけど…
- 何を歌えばいいかわからない
- とりあえず「ドゥバドゥバ」言ってみる
- …なんか違う
で、だいたいこうなる。
「いや、これ無理じゃね?」
あと、聴いてる側としてもあるあるだと思うんですけど、
一個それっぽいフレーズが出たあと、
それを延々繰り返してるスキャット。
ドゥダバドゥア…
ドゥダバドゥア…
ドゥダバドゥア…
みたいな。
それっぽいんだけど、なぜかグッとこない。
たぶんこれ、フレーズが続いてるんじゃなくて、
“同じことを繰り返してるだけ”に聞こえるからだと思うんですよね。
これも結局、「次が決まってない」状態なんだと思う。
■ たぶん「自由すぎる」と動けない
ここで一つ、先に仮説。
スキャットって「自由だから難しい」んじゃなくて、
自由すぎて、何も決まってないから動けないんじゃないか。
■ 「自由に歌えばいい」って本当?
よく言われるのはこれ。
「自由に歌えばいい」
いや、それができたら苦労しないんだよな…っていう。
実際やってみると、
テンポもあるし、コード進行もあるし、曲もどんどん進む。
全然自由じゃない。
むしろ「めちゃくちゃ縛られてない?」っていう違和感がある。
■ 同時にやりすぎてる
整理してみると、スキャットって
- タイミング(いつ出すか)
- 音(何を出すか)
- 発音(どう出すか)
この3つを同時にやってる。
これ、普通にしんどい。
音を気にすると止まるし、ノろうとすると雑になる。
どっちかに寄ると、どっちかが崩れる。
■ 制約があると、逆に動ける?
さっきの仮説に戻ると、
最初から自由にやろうとするから動けないなら、
制約があった方が動けるのかもしれない。
■ 楽器だとまだいけるのに
自分はトランペットやってるんですけど、
トランペットならまだ何とかなる瞬間がある。
でも歌でスキャットやろうとすると、
まったくイメージできないし、どこから入ればいいか分からない。
この差、なんなんだろう。
トランペットって
- 音域も限られてるし
- 技術的な制約も多い
ある意味「できることが決まってる」。
一方で歌は、とりあえず声が出る。
何でもできそうに見える。
でもその「何でもできる」が逆にきつい。
何も決まってないから、何も出てこない。
■ 仮説:制約を自分で作る
ここで最初の話に戻ると、
「タイミング・音・発音」
この3つをいきなり全部やるのが無理なんじゃないかと。
だったら、分ければいい。
- タイミングだけに集中する
- 音だけに集中する
- 発音だけに集中する
そうやって一つずつ切り出す。
これを現実的にやると、
「制約を作る」ってことになるのかもしれない。
例えば
- 1音だけでやる(音を制限)
- リズムだけやる(音を無視)
- 短く区切る(時間を制限)
こうやって無理やり自由を削る。
そうすると逆に、動ける気がする。
■ さらに続けると出てくる壁
ここまでで少し動けるようになってくると、
今度は別の違和感が出てくる気がしてる。
「間違ってないけど、流れてない」
音は合ってる。でも会話になってない。
フレーズ同士が繋がってないというか、
一個一個を説明してるだけ、みたいな感じ。
たぶんこれ、
考えながらやってるから。
■ 今日のミニ練習
せっかくなので一つ。
「ド」1音だけでいいので、
適当にリズムをつけて1分間続けてみる。
音は変えなくてOK。
とにかく止まらないことだけ意識。
■ 今日の結論(仮)
スキャットって
「自由にやるもの」じゃなくて
「制約の中で、止まらずに続けるもの」
なのかもしれない。
ラップって、むしろ最初から制約だらけなんですよね。
韻とか、言葉のリズムとか、最初にルールがある。
それに対してスキャットは自由に見える。
じゃあこの2つ、何が違うのか?
次回はここいきます。
スキャットとラップって何が違うのか


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